心がざわつきすっきりしない事が重なり久々に宵山を見たいなと急に想い立ち、駄目もとで馴染みの宿に連絡すると幸運にも奇跡的に部屋が取れ3年ぶりの祇園祭を見に京都へ。宿も祇園祭の設え。部屋に入ると、お願いしていたすぐに品切れになる長刀鉾のちまきも用意されていて京都は祇園祭真っ最中。
夕食をそそくさに終え、今日のメインイベントである宵山を見に京都の街へ。
昨年は台風の影響で人出が少なかったと聞いたが、やはり祇園祭、今年はたんと人が出ていた。祇園祭は八坂さんのお祭り。八坂神社に行かない訳には行かない。
もしかしたら祇園祭に御神輿があるのを知らない人が多いのではないかな。宿に戻る前に、僕達の京都の夜はタバーンシンプソンがあるから楽しい。先日火事があった先斗町を抜けて。
すでに正午前だというのに、京都に来たらヒレカツサンドを食べない訳にはいかない。今晩もたらふく笑わせて貰った。
宿で由緒正しい日本の朝ご飯を古伊万里のお皿でいただき、ここの主が言う、”厄払いに長刀鉾だけは見ない訳にはいかない”と表へ。
大阪の自宅から京都に発つ朝のテレビの番組で、祇園祭りといえ継承者に苦労していると。それは祇園祭だけではなく日本中の祭りに言えている事だと思う。これからの時代を見据えて、会社の変えなければならない事と変えたらいけない事に付いてここ最近ずっと考え込んでいる。今朝のニュースを見て、もしゆくゆく9世紀から続く祇園祭りがなくなってしまってもそれは時代の流れで、それはもしかしたら太古から延々と続いている事かもしれないと考え過ぎてしまった。どんなものでも世が必要としているものは残り、必要とされなくなるものは消え去るのだろうか?それとは関係なく、残さなければならないものはあるのだろうか?





































