たかじんが死んだ

身内でもなく、会った事も話した事もない者の死に初めて涙を流したし、死を知った翌日は呆然とし役に立たなかった自分に驚いた。また大阪がおもろくなくなる。東京でたかじんの話しをしても皆感覚的に分からない。それは仕方のない事だろう、だって知らない人だから。会った事も話した事もないけれど、たかじんを知っている、それは僕の人生で有難い事だと思う。大阪は偉大な人を亡くした。

2014年1月13日 blog